p_工藤めぐみ
サンバダンサー
工藤めぐみ

9歳でサンバを習い始め、19歳の時にダンスインストラクターになる。インストラクターになると同時に本場ブラジルへ単身で赴き、半年間の修行を積む。トップダンサーの中でも少数しか選ばれないパシスタとしてリオのカー二バルに出場を果たす。平成20年の秋、ダンサーの間で人気が高い「G.R.E.S. Academicos do Salgueiro(サウゲイロ)」のパシスタに合格する。翌年のカー二バルでは、チームとして16年ぶりの優勝に貢献。また、この優勝は日本人パシスタとしては初優勝である。その後、平成22年、23年、25年、26年、27年,28年と続けてリオのカーニバルにSalgueiroのパシスタとして出場する。そのうち、平成26年、27年のリオのカーニバルではチーム準優勝を果たす。
帰国してからは活動拠点の神戸でダンス教室「MEGUサンバダンス」を主催し、 Feijao Preto(フェジョンプレット)のダンサーリーダーを任される。その後、全国のサンバイベントに参加。SMAPドームツアー・山下智久コンサートのサンババックダンサーとしても出演。サンバコンテスト「サンバフェスタKOBE」では平成20年に最優秀賞を獲得。そして2009年、2010年、2011年、2012年(2013年は悪天候により中止)2014年と続けて最優秀賞を受賞。現在6連覇中である。

なぜ今の仕事に?

サンバを習い始めたのは、9歳の時です。平成26年に私が今所属している「フェジョン・プレット」から、ダンサーを育てて欲しいというありがたい言葉をいただきました。人に指導する立場になるなら今のままではダメだ、本物のダンスを学ぶ必要があると感じた私は、19歳の時に単身でブラジルに行きました。本場の地で、少数しか選ばれない花形ポジションであるパシスタとしてカーニバルに出場することができました。日本に帰ってからは、「MEGUサンバダンスレッスン」という自分のクラスを立ち上げました。そして、現地で学んだ本物のサンバ、そしてその楽しさを日本の皆様にも知っていただくために各地のショーやイベントに参加させていただいています。

仕事への想い

世間のサンバに対するイメージというと、ただ肌を露出した女性が踊って騒いでいるように思われてしまいがちです。しかし、実はリオのカーニバルはただのお祭りじゃなくてコンテストなんです。約4000人〜5000人でチームを作り、チーム全員が一丸となって1年もの時間をかけて本気で競い合うんです。そして、その中でも「パシスタ」とは、オーディションで選ばれたたったの30人〜40人だけがなれる花形ダンサーです。パシスタは特にアスリート要素が強く、生き残るには練習に対する意欲や実力が試されます。体力面でも忍耐力でも、とても厳しいんです。本場で学んだサンバを日本に伝えて、日本の人たちが抱いているサンバへのイメージをかっこいいものに変えたい。そういう思いで、日本での活動も大切に行っています。

そう思うようになったきっかけ

初めてリオ・デ・ジャネイロを訪ねた平成16年からずっと、人生をかけてきたと言っても過言ではありません。リオと日本を行き来しながら、現地のコミュニティーにどんどん飛び込んで行きました。国籍の壁を超えて交流を続けた結果、たくさんのことを学ぶことができました。その学びを活かし、パシスタとして生きることの厳しさ、本気、素晴らしさなどを発信したいと感じるようになりました。私がどうしてサンバを始めようと思ったかというと、子供の頃に阪神淡路大震災を経験したことで落ち込んでしまった気持ちを明るくするためでした。サンバをすることで私自身も明るく前向きになれましたし、私が踊るサンバを見て「元気が出たよ!ありがとう。」という嬉しいお言葉をいただきました。このことで、サンバを踊ることで人の役に立つことができるんだということを身をもって感じ、このことを多くの人たちに知ってもらいたいと思うようになりました。

今後の目標

10代の内から本場リオ・デ・ジャネイロで様々なことを学んで来ました。これからは、そこで得たものをどんどん日本に広めていき、日本中の人々に本物のサンバを知ってもらえるような活動をしていきたいです。サンバが日本でメジャーなものとして認識してもらえるように、私が力添えできることは積極的に行っていこうと思います。