s_株式会社S.O.W.
代表
河野光輝

株式会社S.O.W.ホールディングス 代表

1990年大阪大学経済学部卒業、1990年~2000年株式会社三和銀行(現株式会社三菱東京UFJ銀行)で勤務、2000年~2002年アーンストアンドヤング・グローバル・フィナンシャル・サービス株式会社(現EYトランザクション・アドバイザリー・サービス株式会社)で勤務、2002年~2007年BNPパリバ証券株式会社にて投資ファンドである株式会社ルネッサンスキャピタルグループおよびレゾンキャピタルパートナーズ株式会社の設立に参画し同社へ出向、2007年~2009年レゾンキャピタルパートナーズ株式会社をBNPパリバ証券からMBOを実行、同社の共同経営にあたるとともに投資先である小杉産業株式会社(当時東証二部上場)の代表取締役に就任、2009年~株式会社ブラフマ・パートナーズを設立し代表取締役に就任、20014年~株式会社S.O.W.フィナンシャルイノベーションの取締役に就任と同時に同グループの経営に本格的に参画、2016年~株式会社S.O.W.ホールディングス代表取締役就任

なぜ今の仕事に?

私の就職活動時期は、ちょうど日本のバブル時代だったんです。確固たる目標があったわけではなく、お会いした先輩や、当時の金融業界の活気と華やかさにも惹かれ、三和銀行(現三菱東京UFJ銀行)に入行しました。
そこで、社会人の基礎を徹底的に叩き込まれたんです。たいへん厳しい会社でしたが、優秀で楽しい仲間にも恵まれましたし、色々と学ぶことができました。バブルが崩壊し、日本の金融機関が厳しい時代に入り、自らの飛躍を求め、そして自身の興味に向かって、外資系コンサルティング会社や証券会社などに転職しました。周囲から「外の世界は厳しいぞ」と言われましたが、最初の銀行が厳しかったお陰で、それほど厳しさは感じませんでした。その後、上場企業の代表を務めましたが、リーマンショックの影響もあり、その会社を法的整理・営業譲渡するなど、本当に様々な経験を重ねました。日系・外資企業、雇用者・経営者・投資家など、既に社会人として一巡し、今2周目を走っている気持ちです。今の仕事へ辿り着いたのは、当社グループの創業者、銀行時代の同期の阿部亨に、いくつかの関連子会社の代表や役員に就任するよう依頼を受けたことがきっかけです。

若者へのメッセージ

私の座右の銘は、「生きてるだけで丸儲け」です。人によってはふざけているのかと思われるかもしれませんが、私は本当に、「人間、生きてさえいればなんとでもなる」そう信じています。もちろん生きていれば、苦しいこと、悲しいこと、時には死にたくなるようなこともあるでしょう。しかし、生きてさえいればそれだけチャンスはあります。そのチャンスを掴み取るか、行動するかはあなた自身です。「生きてるだけで丸儲け」 …、この言葉を思い出すと私は、「死んだわけじゃあるまいし」と、前向きになれるのです。悩みもがきながらも、多くの人と出会い話し、共感しあえる仲間をもち、支えあいながら挑戦していけばいい。困難を楽しめる心を、養ってください。